2008年06月08日

いりあい交流第2弾 映像編:第2回目のワークショップを開きました



「いりあい交流」担当の増田です。
(久しぶりのブログ更新となってしまいました、、、)

 5月20日から31日までの日程で中スラウェシを訪問してきました。今回は、映像カメラマンである澤幡正範さんをお招きして、映像制作に取り組む中スラウェシの若者とともにワークショップを開き、村のくらしを撮るということについて学びあってきました。そのときの模様を数回に分けてご報告します。


1日目(5月20日)

 関東は、あいにくと雨と強風の空模様。飛行機の出航が心配されましたが、定刻どおりに成田空港を出発。機内では寝る間もなく、ひたすら話し・飲みつづけ(スチュワデスからは「赤ワインはもうありません」と言わる始末)、17時過ぎにバリ島デンパサールへ到着。空港で翌日の切符を入手し、ホテルへ。海岸を歩くこともなく、デンパサール泊。


2日目(5月21日)

 デンパサールから南スラウェシのマカッサルへ。マカッサルでは、「あいあいネットマカッサル」の松井さん宅を訪問。数日後に控えたガソリン代値上げ(なんと28パーセント!)に反対するデモのために道路は大渋滞でしたが、なんとか到着。

photo-1.jpg 松井さん宅には南スラウェシを中心に活動する若者グループが拠点としており、そのひとつ「ルマ・カム」は、マカッサルの高校生に周辺の農山村での生活体験の場を提供する活動をしています。日本で同様の活動をしている「森の聞き書き甲子園(http://www.foxfire-japan.com/http://www.kyouzon.org/)」と彼らの活動をつないでみようということで、「森の聞き書き甲子園」に関わってこられた澤幡さんと「ルマ・カム」のメンバーが対面。お互いの活動を手短に紹介したのち、澤幡さんに日本からお持ちいただいた「森の聞き書き甲子園」のDVD(そのOB・OGがつくった映像作品)を皆で鑑賞しました。パルへの飛行機の時刻が迫り、2時過ぎには松井さん宅を出発。そのために、彼らとじっくりと話し合う時間がなかったのは残念でした。



photo-2.jpg 16時過ぎにマカッサルを発ち、空路パルへ。飛行機がパルに向けて着陸体制をとるなか、眼下にはパル市東方の山々が見下ろせます。山の斜面には拓かれた焼畑が点在し、そのなかに目指すトンプの村を探してみます。17時半ごろ、無事にパルへ到着。空港には島上さんが出迎えに来てくれました。パルのNGO「バンタヤ」の事務所に到着すると、すぐさま裏庭のカランパ(竹製の集会所)へ。ヘダールさんや「バンタヤ」に集まる若者がすでに集まっており、議論のただなかにありました。

 以前の島上さんのメールにもあったように、ヘダールさんが今年10月に予定されているドンガラ県知事選に副知事候補として擁立する動きがあり、それに向けて「バンタヤ」に出入りしている若者たちは慌ただしく動いていました(なんでも候補者となるための推薦文を然るべき機関に提出する期日が翌日だったとか)。この日は自己紹介程度にとどめ、一同で海岸のレストランで夕食をとり、移動で疲れた身体を休めました。パル泊

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3日目(5月22日)

 この日は、これからの日程についてのオリエンテーションのつもりでしたが、話題は撮影・編集の方法論から澤幡さんのこれまでのカメラマン人生にまで及び、2回の食事を挟みながら、延々と晩まで続きました。
 午前10時頃から「バンタヤ」事務所で関係者全員が顔を並べました。そして、ヘダールさんが、インドネシア・中スラウェシ・トンプの自然地理・歴史今日の状況について、ユーモアを交えながら概説。とくに焼畑による森の使い方についての具体的な話になると、澤幡さんから質問とともに、日本の山村との違いや共通点が挙げられました。そうこうしているうちに昼食の時間に。

photo-4.jpg 午後は、いよいよ映像の議論に。最初に、パルの若者がこれまで撮ってきたフィルムを鑑賞し、議論の糸口としました。
まず、パルのメンバーの中で中心的にカメラを回してきたダフィット君が、撮影をめぐる悩みを打ち明けました。「この間に稲刈りを中心に映像を撮りためてきたのだけれど、どのように編集したらよいのかわからない状況になっている」といいます。去る1月のキックオフ・ワークショップでルムさんが来られたときに、映像の中心テーマは「陸稲」とすること、映像の目的・対象者として想定されるのは、1)政府(トンプの権利を示すような内容のもの)、2)一般の人びと(トンプの暮らしの豊かさを伝えるもの)、3)民俗誌的資料の3つであること、そして、それに合わせて映像の構成や長さを構成しよう、という方向に決まりました。しかし、実際に映像がたまってみると、その中からどの映像を切り出し、どのように並べたらよいのかわからない、というのです。
 澤幡さんは、「映像編集の方法に王道はない」と断りながらも、映像編集の基本的な方法についてお話しくださりました。それは以下のとおり。

■編集の基礎的方法
 まず、これまで撮ったフィルムについて、何を撮ったのか、すべて書き出してみること。これまでの澤幡さんの経験では、ある一つの作品を作るのに100本ほどのカセットを撮った(その多さに一同、驚く)。その百本のなかに、何が映っているか、すべて書き出してみる。そのなかで、よいシーンや作品の中に使えそうな絵があれば印をつけておく。つぎに、カットとカットをひとつのまとまりにし、何をどういう順序で並べたら、何が語れるか考えてみる。仮に、撮影の前にどんな映像作品にするかという構成が明確でなくとも、どのようにまとめるかという企画をその時点でたてても遅くはない。こうして、3〜4時間ほどの大まかなストーリーを組んでみる。それを何度も観ながら映像を組み替え、最終的に1時間半程度にまとめてゆくのだという。

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■絵で語る構成を
 澤幡さんにダフィット君の映像の感想を尋ねると、「言いたいことはわかるのだけれど、ひとつひとつのカットが短い」。そして、カメラマンが観せたいと意図するシーンをちゃんと観せることが必要だといいます。澤幡さんがホテルでインドネシアのテレビ映像を眺めて思ったことは、ひとつひとうのカットが短いということ。見たい(見せたい)映像を短く積み重ねるのが今日のインドネシアの映像に対する感覚なのかと思われたそうです(さすが視点が違いますね!)。短い映像を積み重ねるということは、それを見る人を興奮状態にさせてしまいます。こうした映像群は、ある意味では見る人の興味を引くことはできますが、対象物をきちっとみせるには逆効果。興奮はできても、映像を見終わった後には、心の中には何も残らない。ダフィット君たちの映像にはきれいな絵があり、面白い。けれども、それで何が心のなかに残ったのだろうか、という問いが向けられました。

 いっぽう、これまでの澤幡さんの経験では、フィンランドでの撮影では、カメラを三脚に据え付け、1分間もカメラを動かさないで撮ったことがあるそうです。それは、ひとつの画面の広がりのなかには、その周辺部にもいくつもの情報が入っているためで、映像を観る人がそれらを観るための時間が必要になるのだそうです。

 また、ダフィット君たちの映像は、幾つかのシーンがまとまりなく組み合わされていることがある。何を伝えようとしているのか気持ちはよくわかる。けれども、ひとつひとつのシーンをじっくり見せながら、それぞれのシーンが飛びすぎないように構成したら、もっとよくわかるようになる。また、できるだけコメントや音楽がなくても内容が理解できるような映像の構成を考えてみるとよい、と澤幡さんはコメント。ヘダールさんも若者たちも、澤幡さんのご自身の体験に基づいた的確なコメントに大いにうなづいていました。(このあたりから、皆、話に熱がこもり出す)

■被写体の自然な姿を撮る
 若者たちからは、別の質問が挙がりました。たとえば、ダフィット君が撮った映像の中に、ママ・ジャニが歌を歌いながら稲の穂を刈ってゆくシーンがあります。あるとき、ママ・ジャニが一人でに謳い出したことがあり、そのとき、ダフィット君は「何か」感じるものがあったという。しかし、いざカメラを構え、ママ・ジャニも歌をお願いしても、その「何か」が伝わってこない。どうもママ・ジャニはカメラを意識しているのだ。そこで、ダフィト君は澤幡さんに同じような経験はないか、そして、そのような場合にはどうしたらよいか、と質問したのでした。

 澤幡さんは、これまでの長い経験のなかで、カメラの中で相手が自然に歌を歌いだしたことは、2回あったといいます。1回目はパプアで、ある母親が子どもを抱えながら、サゴデンプンを取っていたとき。もうひとつはアイヌで。現地に2年間住み込み、農作物を耕作しながら、撮影をしていました。その自分たちで植えた農作物を収穫する時、手伝ってくれたおばあさんがごく自然に歌を歌い出したというのです。現地の人との信頼関係が築けていたこと、昔のやり方で農作物を栽培・収穫をしたことで、おばあさんは嬉しかったのだろう、といいます。

 こうした澤幡さんの経験を話す中で、このアイヌの作品を一本撮るのに2年間も住み込んだこと、また出来上がった作品が2時間半という長作(インドネシアでは考えられない!!)に、驚嘆のため息が聞こえる。また、「その間、両親は怒らなかったの?」という珍問に一同で笑うなど、和気あいあいとした雰囲気で話合いは進みました。

■民具のこと
 (上述のアイヌの撮影は博物館からの依頼であったということから、話は博物館のことに)
ヘダールさん(以下、ヘ):そういえば、日本で民具や農具がたくさん陳列してある博物館に行ったなあ。
島上さん(以下、島):博物館に道具は陳列できても、その使い方や道具のもつ全体的な知識はわからない。
澤幡さん(以下、澤):道具は人間が使うもの。道具は人間の身体と結びついたものであり、たとえば人間の足腰の動きとともに道具は生きてくる。また、道具はその土地の土壌の質や地形に合った形状をしている。つまり、その土地の人の知恵であり、人と自然の関係が表れ出たもの。そのため、民具はどこも形がちがう。こうした細部をじっくり観ることが必要。

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■『椿山ー焼畑に生きるー』を観る
 こうして話合ったのち、今度は澤幡さんがカメラマンとして関わられた『椿山ー焼畑に生きるー』を皆で鑑賞することに。普段、15分から20分程度の映像に慣れているパルの若者たちにとって、1時間半の上映時間は長かったかもしれません。けれども、メンバーの数人は、じっと画面を見続けていました。
 観賞後、夕食を挟みながら、澤幡さんから撮影の背景などをお話いただきました。

 『椿山』の撮影には3年、編集には3ヶ月間を要した。なぜ3年もかかったのか。当初、椿山の人びとはあまり心を開いてくれなかった。けれども2年目に大きな台風が村を襲い、そこで撮影スタッフは村の男性と村に残った。台風後は被災現場の様子を撮影し、村の復興に役立ててもらった。また、避難している村人にこれまで撮影したフィルムを観てもらった。こうした経験を通じて、村人は心を開いてくれるようになった。映画に使ったフィルムのほとんどは、2年目以降に撮ったものが多い。
 『椿山』の撮影には3年、先のアイヌの作品では2年間、別の作品では8年間も現場に通ったことを澤幡さんが話すと、ヘダールさんは傍らで大笑い。「澤幡さんも変人だ!」

■細部をみる視点
 「『椿山』をみると、トンプと似ているところもあると思った。トンプのことをしっかり撮ろうとと思うが、実際に現地に行くと撮ろうと思うものがたくさんあって、視点がブレてしまう」という悩みが、若者の一人から挙がりました。
 これに対して、澤幡さんは「トンプに通っているうちに、いろいろなことが見えてくることの方が重要」といいます。たとえば、種を蒔くということ。『椿山』では、種を蒔く時、畑の傾斜によって手の動きが違う。澤幡さんはそのことに気がつき、それを見ながら、指の動きがわかるようカメラを回したといいます。
 同様に、道具にも注意していた。椿山の鍬には少なくとも2種類ある。道具については、とくに作品中でナレーションでの解説はしていないが、映像として映している。ストリートして成り立ているのだが、ストーリ−の中にそういう情報が入っていることが重要で、見る人が見れば、いろいろな見方ができる映像になっている。種蒔きも村びとは当たり前にやっていることで、彼らはとくに説明はしない。ただ「種を蒔くよ」というだけ。撮る方は、それに気がつく目を養わなくてはならない。何度も村に通ううちに、こうした発見がある。そうした発見が多いほど、作品は豊かになると思う。


 若者たちから、「明日、トンプに上がったら、カメラをもって一緒に廻り、どのように映像を撮って、どうやってまとめていったらよいのかというヒントがもらえれば、、」という声があがったところで、すでに午後9時過ぎ。パル到着の翌日から、真剣な話合いが始まりました。澤幡さん、お疲れさまでした。パル泊


いよいよ明日からトンプに出発です。(次回につづく)


posted by あいあいネット at 12:22 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | いりあい交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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