前回につづき、先日の「いりあい交流」第2弾の様子をお伝えします。
■1月23日(トンプ2日目)
「文化や権利のことばかりでは、(映像の内容は)ノスタルジックなものになってしまう。そうならないためにも、トンプの暮らしのベース(たとえば経済のこと)について具体的に把握することが重要」
トンプに上がる前の話し合いで、このような問題意識が共有されてきました。そこで、この日はいくつかのグループに分かれて村の方々から話を聞こう、と予定していました。
が、朝食の準備が遅れ、一同が出発したのは午前11時半頃、、、。それでも、どのグループも1〜2世帯ほどから話を伺い、夕方には戻ってきました。
それぞれのグループが聞き取ってきたことを、集会所で書き出してみました。
そこでわかったのは、以下のようなことでした。
・ほとんどの世帯が稲作をしているにもかかわらず、一年分に消費する量を収穫できず、米を市場で購入している。
・焼畑の面積は、それほど広くない(0.5〜1ヘクタール程度)。
・近年は栽培している稲の種類も、それほど多くない(1〜数種類)。
・焼畑の耕作時期も、世帯ごとにバラバラ。
・ごく一部では稲を植えず、カカオやその他の換金作物(クミリ、トウガラシ、トマト、マメなど)が主たる収入源となっている。
そのうちにトンプの人たちも集まってきましたので、浮かび上がってきた疑問点を尋ねてみました。すると、村の人たちは口々に話しはじめました。
「昔の焼畑はもっと広かった」
「昔は、山麓の人がトンプまで米を買いにきていた」
「最近の若者は稲作をしようとしない」
「稲作は大変。なにが大変かというと、収穫前にずっと(鳥獣害の)見張りをすること。カカオを売って、米を買った方が楽だ」
「最近は、季節の移り変わりが読めない。だから、皆、それぞれがよいと思う時期に焼畑を開いてしまう、、」
どうも、かつては焼畑のカレンダーは大方定まっており、誰かが火入れをしたら、その後にはもう森を開いてはいけないといったルールもあったようでした。強制移転でいったんトンプを離れた人がバラバラと戻ってきたこと、近年の気候変動、換金作物栽培の浸透、世代間の意識のちがい、とさまざまな要因が重なって、現在のような状況になっているようでした。
映像記録の共同作業が、トンプの方々にとっても、私たちにとっても、日頃の暮らしについて考えてみるきっかけとなれば、と思います。
あるとき、ママ・ジャニー(ラングさんの奥さん)は、こんなことを話しました。
「政府は子供のための学校をもってくる。モトコ(島上さん)たちは大人のための学校をもってくる」
■番外編(1)(揚水設備の設置)
これまで数多くの農村を歩いてきたルムさん。村の自治の基本は、「主食(米)」「エネルギー」「水」の3つが自給できることだと話します。
山の尾根上に点在するトンプの家々。こうした地形のため、水の確保は一苦労です。トンプの中心的な集落のひとつであるカリンジョ(ラングさんの家や集会所があるところ)の水場は写真のとおり。
こうした状況をなんとかしようと、ルン君を中心にパルの若者たちがポンプを用いた揚水設備を設置中。しかし、ポンプの力が弱かったり、パイプが太すぎたりと、試行錯誤の段階です。
こうしたなか、ラングさんから要望が上がりました。
「水道設備はカリンジョだけでなく、他の集落にも平等に設置してほしい」。
聞けば、トンプでもっとも下にあるタイパマテ集落の人は、1.5キロも離れた集落に水を汲みにきているとか。たしかに切実な問題です。
■番外編(2)(パルの仲間たち)
今回の企画には、トンプの村びとに加えて、10名ほどのパルの若者たちも参加しています。彼らのことについても、ブログの中で順次ご紹介してゆきたいと思います。
まず1回目。
今回の企画ですっかりと盛り上がっているのが、映像撮影担当のダフィッド君。すでに何度もトンプを訪れては映像を撮りためており、今回は焼畑の火入れを撮影するために2週間も待機していたという。先日は村人のロタン(籐)採集に同行し、何度も転びながらカメラを抱えて奥の奥の山まで出かけたとか。
火入れのときにも、ダフィッド君は火を付けて廻る村人に密着してカメラを回していました。撮影に夢中になっているうちに火はどんどんと勢いづき、もう少しで火に取り囲まれるところだったそうです。
パルを中心に映像記録に関心をもつ仲間たちと”JALIN(ジャリン)”というグループをつくり、情報の交換・共有したり、機材をやりくりしながら、お互いの技術を磨きあっているとのこと。
ぜひ、次の機会には、日本で映像記録に携わってこられた方々との交流を実現させたいと思っています。


