2007年03月10日

インドネシア・中スラウェシ、山村での調査と交流 (その2)



事務局の増田です。
前回の島上さんからの投稿(3/2付)に続いて、インドネシア・中スラウェシ州のトンプ集落とマレナ集落の訪問の様子をお伝えします。私にとって、両集落どころか、スラウェシ島を訪問することさえ初めてであり、毎日が驚きと発見の連続でした。書きたいことは多々あるので、まず今回はトンプ集落のことについてお伝えします。
なお、今回の渡航は、NPO地球緑化センターの事業((社) 国際農林業協力・交流協会助成)にあいあいネットが協力する形で実現しました。


トンプ集落は、州都であるパル市から15キロメートルほどの近いところに位置していますが、標高800メートルから1000メートルほどの山の上にあります。ふもとの集落からしばらく山道を登ってゆくと、トンプ集落の境界となる地点につきます。パル市を含む平野部はサボテンも生えるほどに乾燥した気候なのですが、トンプの領内に入ると木々は深くなり、トンプの気候が平野部と異なることがわかります。1975年に下界へと移住させられたトンプ出身者が、気候条件のちがいを理由にふたたびトンプへと舞い戻ってきた理由がわかるような気がします。

bawah.jpgtompu_hutan.jpg
左は平野部の風景。灌木が多く、ときおりサボテンも見られ、やや殺伐としています。右はトンプの風景。木々の瑞々しい緑に囲まれています。

トンプ集落の中心的な生業は焼畑耕作です。急峻な斜面に開かれた焼畑では、陸稲を中心にトウモロコシやトウガラシなどのさまざまな野菜が栽培されます。焼畑の広さは、見たところせいぜい1ヘクタールあまりで、稲の収穫量は1年間の自家消費量に満たない状況です。不足分の米は、クミリ・丁字・カカオ・トウガラシといった商品作物からの収入で購入したり、政府からの定期的な援助米で補っているとのことでした。

ladang.jpg同じ焼畑で稲を連続して耕作することは稀で、多くの場合、翌シーズンは別の場所に耕作地を移します。耕作が放棄された場所は、植生の遷移とともにふたたび森へと戻ってゆきますが、その過程は植生の状態に応じて8段階にも分かれています。そして、休閑から10年ほど経過して「オマ」とよばれる段階になると、焼畑としてふたたび利用されます。このように焼畑耕作では森を循環しながら利用しています。

下生え刈りや森の伐採など焼畑耕作地での作業は、 労働交換によっておこなわれるとのことです。また、2005年には、下流集落の人びとがトンプ集落の領域内で木を大量に伐採し、売却しようとしたことがありました。そのときトンプ集落は、警察や政府に訴えるのではなく、慣習的な手段で作業の差し止めと罰則を伐採者に処しました。そのときに没収した材木で建てたのが、現在のバンタヤ(集会所)です。このように、トンプは、森を通じて強いまとまりをもっている印象を受けました。

ke ladang.jpg焼畑への道すがら、道脇の森や薮を指差して「昔はここに家があった」「この丘は墓地だ」などと話してくれました。私には木々の集まりにしか見えない森も、トンプの人びとにはさまざまな思い出の詰まった空間なのでしょう。




cacao.jpgそのいっぽうで広がりつつあるのが、カカオ栽培地です。同じ商品作物でも、クミリや丁字はそのほかの樹木と混ざって集落のまわりに植えられています。しかし、カカオは除草・施肥・剪定といった集約的な管理が必要で、通常はカカオに特化した栽培地が用意されます。カカオ栽培地が広がると、化学肥料や除草剤の使用が増えるばかりか、それまでの循環的な森の利用が変化してしまう可能性もあります。現代の生活では現金収入源は必要ですが、トンプらしい森との関わり方を活かしながら、それを現金経済に結びつけることはできないでしょうか。


私たちがトンプに上がる日、マフッドさんもバイクに乗り、トンプまで同行してくださいました。これまでにもお伝えしましたように、トンプ集落は1975年に森林区域(正確には”Tanan Hutan Rakyat”)に組み込まれ、そこでの居住が法的に禁じられたため、多くの世帯は別の地域へと移転せざるをえない状況にありました。しかし、移転先の生活環境に慣れることができず、もとのトンプ集落へと戻る人びとが徐々に出始め、現在では100あまりの世帯が暮らしています。これは「違法行為」でもあるのですが、マフッドさんは、この問題の解決に向けてトンプまで足を運んでくださったのでした。

peta.jpgマフッドさんによると、トンプは「古い集落(kampung tua)」としての文化的・歴史的に重要な意味をもつところであり、森林区域内の居住については特例として認められる可能性もないわけではないとのこと。しかし、 現在の制度下では、トンプ集落が単独村として独立するには世帯数が少ないというのです。さらにトンプ集落の話を複雑にしているのは、 現在のトンプ集落がふたつの行政村に分かれて組み込まれているということです。つまり、トンプのある小集落はA村に、別の小集落はB村に含まれているのです。マフッドさんは、これを整理することがトンプの居住地問題の解決にむけての第一歩だと話されました。

私たちがトンプ村を後にする前晩に、これについての寄り合いがおこなわれました。話し合いの結果、現在組み込まれているふたつの行政村から一方を選び、トンプはその一部となるのではなく、単独村としての独立を陳情してみようという方向に、ひとまず話はまとまりました。しかし、いずれにせよ、トンプでの居住が森林区域内の特例区として認められれば、「権利」と引き換えに「義務」が生じます。そのことをトンプの人びとはどのように考えているのでしょうか。また、寄り合いの場では、トンプのこれからを担うことになる若い世代の声が聞かれなかったのですが、彼らは一連の問題をどのように受け止めているのでしょうか。こうした新たな課題も含めて、具体的な動きは始まったばかりです。
danran.jpg


posted by あいあいネット at 19:26 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | いりあい交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めてコメントします。

>カカオ栽培地が広がると<中略>トンプらしい森との関わり方を活かしながら、それを現金経済に結びつけることはできないでしょうか。

カカオはそれ専用の農地を作らずに、森の中で他の植物の間に陰になるように植えると、農薬も要らず、質も高い実が収穫できる植物なんです。
そうなると量産は難しいでしょうが、その分、風味の優れた付加価値の高いカカオ豆ができるはずです。実際、南米やアフリカではそうした取り組みが始まっています。
何とか方向転換できると、大きな一歩になると思います。というか、して欲しいと切望します。
需要が下がりつつあるインドネシア産のカカオのためにも、インドネシアの熱帯雨林のためにも。

Posted by hime at 2008年06月10日 12:57
himeさん、コメントいただき、ありがとうございます。ブログを使いこなせておらず、今頃になって、コメントに気が付きました(コメント投稿から1年以上経過、、、)。失礼いたしました。

カカオ栽培は集約的な農地は必要なく、その方がよい、というご指摘、ありがとうございます。ぜひ中スラウェシの方々にも伝え、よいかたちの栽培方法や経済との両立などについて、いっしょに考えていけたらと思います。
Posted by ま at 2009年06月11日 16:31
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