前回の島上さんからの投稿(3/2付)に続いて、インドネシア・中スラウェシ州のトンプ集落とマレナ集落の訪問の様子をお伝えします。私にとって、両集落どころか、スラウェシ島を訪問することさえ初めてであり、毎日が驚きと発見の連続でした。書きたいことは多々あるので、まず今回はトンプ集落のことについてお伝えします。
なお、今回の渡航は、NPO地球緑化センターの事業((社) 国際農林業協力・交流協会助成)にあいあいネットが協力する形で実現しました。
トンプ集落は、州都であるパル市から15キロメートルほどの近いところに位置していますが、標高800メートルから1000メートルほどの山の上にあります。ふもとの集落からしばらく山道を登ってゆくと、トンプ集落の境界となる地点につきます。パル市を含む平野部はサボテンも生えるほどに乾燥した気候なのですが、トンプの領内に入ると木々は深くなり、トンプの気候が平野部と異なることがわかります。1975年に下界へと移住させられたトンプ出身者が、気候条件のちがいを理由にふたたびトンプへと舞い戻ってきた理由がわかるような気がします。
左は平野部の風景。灌木が多く、ときおりサボテンも見られ、やや殺伐としています。右はトンプの風景。木々の瑞々しい緑に囲まれています。
トンプ集落の中心的な生業は焼畑耕作です。急峻な斜面に開かれた焼畑では、陸稲を中心にトウモロコシやトウガラシなどのさまざまな野菜が栽培されます。焼畑の広さは、見たところせいぜい1ヘクタールあまりで、稲の収穫量は1年間の自家消費量に満たない状況です。不足分の米は、クミリ・丁字・カカオ・トウガラシといった商品作物からの収入で購入したり、政府からの定期的な援助米で補っているとのことでした。
下生え刈りや森の伐採など焼畑耕作地での作業は、 労働交換によっておこなわれるとのことです。また、2005年には、下流集落の人びとがトンプ集落の領域内で木を大量に伐採し、売却しようとしたことがありました。そのときトンプ集落は、警察や政府に訴えるのではなく、慣習的な手段で作業の差し止めと罰則を伐採者に処しました。そのときに没収した材木で建てたのが、現在のバンタヤ(集会所)です。このように、トンプは、森を通じて強いまとまりをもっている印象を受けました。
私たちがトンプに上がる日、マフッドさんもバイクに乗り、トンプまで同行してくださいました。これまでにもお伝えしましたように、トンプ集落は1975年に森林区域(正確には”Tanan Hutan Rakyat”)に組み込まれ、そこでの居住が法的に禁じられたため、多くの世帯は別の地域へと移転せざるをえない状況にありました。しかし、移転先の生活環境に慣れることができず、もとのトンプ集落へと戻る人びとが徐々に出始め、現在では100あまりの世帯が暮らしています。これは「違法行為」でもあるのですが、マフッドさんは、この問題の解決に向けてトンプまで足を運んでくださったのでした。
私たちがトンプ村を後にする前晩に、これについての寄り合いがおこなわれました。話し合いの結果、現在組み込まれているふたつの行政村から一方を選び、トンプはその一部となるのではなく、単独村としての独立を陳情してみようという方向に、ひとまず話はまとまりました。しかし、いずれにせよ、トンプでの居住が森林区域内の特例区として認められれば、「権利」と引き換えに「義務」が生じます。そのことをトンプの人びとはどのように考えているのでしょうか。また、寄り合いの場では、トンプのこれからを担うことになる若い世代の声が聞かれなかったのですが、彼らは一連の問題をどのように受け止めているのでしょうか。こうした新たな課題も含めて、具体的な動きは始まったばかりです。



>カカオ栽培地が広がると<中略>トンプらしい森との関わり方を活かしながら、それを現金経済に結びつけることはできないでしょうか。
カカオはそれ専用の農地を作らずに、森の中で他の植物の間に陰になるように植えると、農薬も要らず、質も高い実が収穫できる植物なんです。
そうなると量産は難しいでしょうが、その分、風味の優れた付加価値の高いカカオ豆ができるはずです。実際、南米やアフリカではそうした取り組みが始まっています。
何とか方向転換できると、大きな一歩になると思います。というか、して欲しいと切望します。
需要が下がりつつあるインドネシア産のカカオのためにも、インドネシアの熱帯雨林のためにも。