2006年06月26日

PKPMウィークリー報告(1)



「あいあいネット」事務局の長畑です。6月18日から約2ヶ月の予定で、インドネシアでのJICA(国際協力機構)技術協力プロジェクト「市民社会の参加によるコミュニティ開発」に短期専門家として赴任しています。

このプロジェクトはインドネシア語の呼称「Pengembangan Kemitraan untuk Pemberdayaan Masyarakat(コミュニティ・エンパワメントのためのパートナーシップ構築)」から通称PKPM(ペーカーペーエム)と呼ばれ、2004年1月よりJICAが実施している技術協力プロジェクトとして開始されました。

(1)コミュニティのためのファシリテーター育成、(2)コミュニティに役立つエンパワーメント事例の調査、(3)コミュニティによるパイロット活動の実践などの活動を通じて、「インドネシアの人たちによるインドネシアの開発」(村人による村人のための村づくり)を目指した技術協力を行っています。

赴任して最初の週(6/18〜25)の活動は、「終了時評価」に関する「自己評価」活動への参加でした。JICAではプロジェクトが終了する前に「終了時評価」を実施することになっており、PKPMの場合も来月にJICA職員やコンサルタントからなる評価団が訪れます。それに先立ち、プロジェクトに主体的に関わってきたインドネシア人側で、自分たちが何をどこまで達成できたのか、何が課題として残っているのか、について考えていこう、というのが「自己評価」活動です。

この自己評価活動のために、日本から私の長年の友人である中田豊一さんがチームに加わってくれました。中田さんはシャプラニールやセーブザチルドレンで長年活動してきたNGOのリーダーで、参加型開発研究所を主宰し、ついこの間まで2年間はラオスのJICAプロジェクト(森林保全プロジェクト)で専門家として活動してきました。

中田さんとPKPM長期専門家の石丸奈加子さん、現地専門家のファリーさん、そして私がまず訪れたのは、南スラウェシ州・ゴワ県のマリノという高原地帯でした。

ここでは、PKPMが行ってきた一連の研修(ファシリテーター養成)を受けた「マスターファシリテーター」であるManarangga Amir氏(通称アンガ)が、NGOの仲間たちとともに、3年前に山塊が崩落して村の半分が土砂に埋まってしまったマニンバホイ村・レンケセ集落への支援を行っています。

アンガたちは、大きな自然災害の後「いつ次の災害が起こるかわからない不安の中で、それでも自分たちが生まれ育った村でこれからも暮らしたい」という村人たちの思いを受けとめ、「コミュニティが主体となった災害予防研修」や「災害が起きた時にどんな被害があり得るかの調査」を村人たち自身が実施していくのを助けています。その結果、村人たちは今では自分たちで災害地図を作り、新たな土砂災害の前兆を監視する人力システムを作り、災害が起きた時の避難や救援体制を整えつつあります。

このレンケセ村での活動をアンガたちは次のように振り返りました。

「村人の変化として何が挙げられますか?」
・自分たちに自信を持つようになった
・楽しむことを思い出した
・相互扶助が復活した
・経済的な向上へのアイデアが出てきた(山羊を飼う、蜂蜜を採取する)
・土地の使用権の問題が今は重要となっている

「あなた自身が村での活動を評価すると?」
・コミュニティが主体となった計画作りと活動実施が出来たと思う
・こちらの予想外の反応がいつも起こる。研修は半日でやるつもりだったが村人は「一日中やりたい」といった。参加者も30人くらいと思っていたら40人以上来た。何よりも村人が自主的に提案をするようになった。

「コミュニティをファシリテートする時に何が大切と思いますか」
・我々は自分の思いを実現するのでなく、村人の希望をかなえるために村に入るということ。これは彼らの活動だ、と考えること
・プログラムを持ち込まない。ともかく議論をする。
・プロジェクトを期待したり、指示を期待したりする村人に対しては、外から入ってくる援助に頼るようになってしまった村の例を出したり、「今のこっているリソースを活用しよう」と説いたりした。特にレンケセでは「災害以来入ってきた援助がいかに無意味であったか」を意識化してもらうことで、村人の自主性を引き出せたと思う。
・本当のリーダーをどう見つけるかも重要だった。集落長以外に、90歳のおじいさんや、イマームの奥さんがリーダーシップを持っていたりした。いつも表にでている人がリーダーであるとは限らない。

「レンケセで難しかったことは」
・最初は「マカッサル語をもっとちゃんと話してほしい」と言われた。
・問題の解決方法を教えてくれることを期待された。そうでななく、村人自身の考えを引き出すことが最初は難しかった。ゴトンロヨンの伝統を思い出してもらうことが難しかった。
・村の役場や郡役場との関係作りに最初は苦労した。

「レンケセで今後アンガたちがやるべきことは?」
・Disaster Managementについては、もう村人たちだけで充分やっていける。こちらのアドバイスが必要と思われるのは、経済的な向上への支援。村人たちのもつ潜在力を最大化するための議論やアドバイスが必要だろう。
・村人たちが自分の活動をReviewするのを助けたり、他の事例を伝えたりすること。

「村人たちは今後アンガたちに何を期待していると思うか」
・村人たち自身がやっていくことを、見てほしいと思うのでは。
・外の世界の情報が欲しいのではないか。

「もしアンガたちがレンケセでのファシリテーションを行わなかったら?」
・災害でうけたトラウマからの回復が遅れただろう。
・移住を促す政策に抵抗できず、みな外に出て行ってしまったかもしれない。

中田さんからのコメントは次の通りです。

・Community Based Disaster Management研修がいかに大きなインパクトを持ったか。住民たちはそこで得たことを確実に実践している。
・村人たちは、今回のインタビューで「外からの支援」について何も言及しなかった。オーナーシップ意識が確実に醸成されている。エンパワーメントの成功例といえる。
・今後についても、外部の援助がほしい、とは一言も言われなかった。
・アト(カランプアン)が「レンケセでの経験で一番学んだことは『資金的な支援がなくてもエンパワーメントは可能』ということ」と話したが、まさにその通り。とても重要なポイントだ。
・村人たちはCBDMやアンガたちのファシリテーションを通じて、自分たちの尊厳(Dignity)を取り戻すことができた。災害に遭い、これからどうなるか全く見えない状況から、自力で抜け出し、自分たちで災害をコントロールしてそこに住み続ける、という行動を取ることで、「尊厳」を取り戻したことが重要。ファシリテーションとはまさに、人々のDignityをRespectし、それをより強めることにある。
posted by あいあいネット at 22:14 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | インドネシアPKPMからの報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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