2011年01月27日

西バリだより(その1):ファシリテーター・ヤンさんインタビュー



こんにちは、高田です。
ただ今、雨期で蒸し暑い、西バリに来ています。

西バリでは現在、国立公園職員のプロジェクトチーム、チーム9の研修が行われています。チームメンバーは周辺の村に日々通い、彼らとの信頼関係を築きながら、村の人が主体となった国立公園との恊働活動ができるよう、取り組んでいます。

そんなチーム9の相談に乗り、常に彼らに寄り添っているインドネシア人の仲間が私たちには2人います。今日はそのうちの一人、ヤンゲワさん(通称;ヤンさん)のインタビューをお届けしたいと思いますカラオケ

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写真:ファシリテーター、ヤンさん

高田:ヤンさん、初めてチーム9に会ったのはいつですか?

ヤンさん:私がこの西部バリ国立公園プロジェクトに初めて参加したのは、2010年3月でした。その時にはプロジェクトはすでに始まっていて、エリスさん(もう一人のインドネシア人仲間)はすでにファシリテーターとして参加していました。

 最初の頃、チーム9は“お役人そのもの”な感じでした。勤務時間や内容がきっちり決まっていて、それ以上には決して何もしようとはしませんでした。インドネシアでは公務員の意識や態度を変えるのは非常に難しく、彼らも最初の頃は非常に頑なでした。村の人との関係についても、国立公園職員は“森の警察官”であり、伐採など違法な事をする周辺住民を捕まえて取り締まる事しか考えていませんでした。また一方の村の人も、彼らに会うのを避け、彼らを嫌ってもいました。国立公園職員と周辺住民はお互いに憎み合っていたのです。

高田:研修ではどんな様子だったのですか?

ヤンさん:こんな状況の中で始まったのが、周辺住民の自主的な活動を促すファシリテーターを育成する、この研修でした。研修参加の意欲も高くなく、例えば9時スタートなのに11時頃来たり、17時に終了なのに、その前に「17時になった」と言って帰ってしまったりしていました。研修スケジュールを立てるのに四苦八苦していましたね。

高田:その後はどうなったのでしょう?

ヤンさん:私はよく彼らに、「相手に変わって欲しかったら、まず自分自身が変わらなきゃ」と話しています。そしてその通り、彼らは変わっていきました。村の人と友達になるため、時間を見つけて村のモスクに行って、一緒に礼拝したりしました。彼らが変わる事によって、次第に村の人の態度も変わっていきました。今では村でミーティングがあると、村の人の方から彼らに連絡が来て、「ミーティングに参加して相談に乗って欲しい」と言われるようになっています。

 インドネシアの言葉で、「Dekat di mata , Jauh di hati(目と目は近いけど、心と心は遠い)」というものがあります。かつての彼らと周辺住民との関係は、まさにそんな感じでした。しかし今では、
「Dekat di mata, Dekat di hati (目と目も、心と心も近い)」、そんな関係になっています。

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写真:チームメンバーの相談に乗る(写真左がヤンさん)

高田:最後に、ヤンさんがここまで関わってきての感想を教えて下さい。

ヤンさん:私はこのプロジェクトで、“何かを成し遂げている”という思いがあります。インドネシアでは外国の支援でいくつものプロジェクトがありますが、こんな風に思えるプロジェクトは本当に少ないです。将来ここでの経験を、他の国立公園でも広めていけたら、と思っています。


以下、次号に続きます…
posted by あいあいネット at 19:27 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 西バリからの報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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