2009年11月01日

いりあい交流:中スラウェシ再訪ーー「映像を軸にした学びあい」も最終段階に



「いりあい交流」担当の増田です。

トヨタ財団からの助成を受けて進めてきた「いりあい交流第2弾 映像編」は、助成期間が10月末日で終了するのを控え、これまでの取り組みをまとめる段階にさしかかってきました。そこで、先日、中スラウェシに渡り、パルの仲間やトンプの人びとを訪問。今回の目的は、メンバー全員で顔を合わせて成果物の構成や内容について確認しあうこと、トンプの方々に映像作品を観てもらいコメントをいただくこと、そして、今回の取り組みを今後どのように発展させていくか話し合うことです。

今回、日本から渡ったのは、前回(2009年5月)と同様、映像記録に長年関わってこられた澤幡正範さんとイラストレーターの岩井友子さん、あいあいネット事務局からは島上さんと増田、の計4人。前回より、映像による記録づくり班(映像チーム)、イラストを活かした記録づくり班(絵描きチーム)、文章による記録班(文章チーム)に分かれて、それぞれの作業を進めてきました。ただし、各チームが別々に作品をまとめるのではなく、映像、イラスト、文章、それぞれの表現方法の強みを活かし、お互いに補うかたちで一つの作品としてまとめていくことを目標としています。

約2週間にわたる今回の訪問の様子は、以下のとおりです。

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パパ・ジャニ夫妻と孫。奥の山を見ながら、何を話しているのでしょうか。

10月12日 日本発、ジャカルタで一足先にインドネシアに渡っていた島上さんと合流。

10月13-17日(パルで作業)
13日、昼過ぎにパル着。パルのNGO「バンタヤ」事務所にて、今回のスケジュールを調整。

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翌日より、各チームに分かれて作業を進め、途中3日間、トンプに上がることに。16日にはパパ・ジャニ、ママ・ジャニがパルまで下りてきてくれました。また、村の女性を支援するNGOのプログラムでパルに出ていたママ・リタやママ・セラも「バンタヤ」に顔を見せてくれました。

3チームのなかで最も作業が進んでいるのが、映像チーム。これまで撮った映像をもとに、「伐開の儀礼(pebui)」「種まき(notuda)」「稲刈り(nokato)」の3本をまとめることに。パソコンを前に澤幡さんとダフィットくんは、食事も忘れて編集作業に没頭。二人だけの世界ができており、もはや他の者には入り込む余地なし。

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絵描きチームのジャック君。これまで伐開儀礼や穂刈りに関するイラストを描き、電子メールを通じて、岩井さんからのコメントを伝えていました。今回もジャック君のイラストを見ながら、岩井さんがアドバイスやコメントを伝えていきます。絵描きチームは途中から参加したこともあり、伐開儀礼などは直接自分の目で確認する機会がなく、映像を見ながらイラスト化。そのために、なかなか描きにくいようです。

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文章チームでもっとも奮闘しているのがルンくん。これまで何度もトンプに通いながら、聞き取りや自分の目で観察したことを、ものすごい量の文章にしています。それを島上さんが読み、適宜コメント。ヘダールさんは、穂刈り歌(voja ヴォジャ)の意味をパパ・ジャニ、ママ・ジャニから聞き、カイリ語からインドネシア語に、そして島上さんが日本語に訳していきました。

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超マイペース型のエウィン君は、トンプの民話についてまとめるとのことですが、大学の卒業論文も重なり、なかなか大変そうです。

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10月18−20日(トンプ集落へ)
夕方、乗合いトラックをチャーターして、トンプに上がる。途中でトンプに歩いて戻ろうとする人も乗り込み、にぎやかな道中に。

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映像チーム:晩は毎度の上映会。

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とくに2晩目には、映像チームが編集したものを観てもらい、各映像に出てくる作業手順や内容に間違いはないか、何か欠けているものはないか、などを伺いました。トンプの長老たちからは、「各作品は大むねよいが、まだコズ焼きと稲穂から籾を落とす作業の映像がない」というコメントをいただきました。ただし、これら二つは実際の作業現場に行き当たっていないので、映像そのものがなく、今後のダフィット君に期待するしかありません。

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絵描きチーム:描く対象をじっくりと観察し、なるべく自分で作業を体験してみると、たとえば対象物の大きさや質感、物の重なり方や結び方、道具を使うときの指使いなどが描きやすくなる、という岩井さんからのアドバイスを受けて、道ばたの草で集落長さんに穂刈りの実演を見せてもらう絵描きチームの3人。

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そこで出てきた新たな悩みが、作業や道具におけるちょっとした個人差や個体差をどうするかということ、そして、それぞれまちまちの大きさの対象物をA4サイズの紙に描く上で、実物のスケール感をいかに表現するかとうこと。二つ目の問題については、たとえば対象物の脇に人間の身体を比較に描いてみては、と岩井さんがコメント。そのためか、資料として彼らがトンプで撮った民家や民具の写真にはキキ君の姿が頻繁に登場。どうもジャック君が撮影係、キキ君がスケールの比較用に写る役と、分担していたらしい、、、。

文章チーム:深夜になり、多くの人が横になってから、相手を絞り聞き取りを深めている様子。夜になると、底力を見せる文章チーム。ルン君もエウィン君も、すっと村びとのなかに入り込んでいきます。

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2日目の晩には、ヘダールさんの誘いで地元タドゥラコ大学のジャムリスさんも上がってきました。ジャムリスさんは、大学院では資源管理を学び、パル周辺の山村をフィールドに研究をされています。ダフィット君によると、編集作品をトンプの方々に観てもらい、そのコメントを活かして再編集するという私たちの姿勢に、ジャムリスさんは大いに興味をもたれた様子だったとか。


3日目:トンプより下山。昼食を食べてから、集会所でお別れの挨拶をする。映像プロジェクトによるトンプ訪問はこれでひとまず最後、ということはトンプの方々にも伝えてあります。「これで関係を終わらせるのではなく、これからも私たちのつながりが続きますように」というパパ・ジャニの言葉に、一同、目を潤ませて、しんみりとした雰囲気に。

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10月21-23日(パルでふたたび作業)
パルに戻り、3日間のトンプ行きで得てきたコメントや情報を追加して、最後のまとめ作業を開始。
もっとも遅れている文章チーム用には、なんとホテルを1室を借り、そこで缶詰にする予定が、、。パルはいつになく長い停電に見舞われ、冷房も効かず、風通しの悪いホテルの部屋はあまり有効に活用されず、、、。

22日にはパパ・ジャニ夫妻がふたたびパルに下りてきてくれ、メンバーの質問に応えてくれました。

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「カイリ語・インドネシア語・日本語の辞書を作ってほしい」というママ・ジャニのお願いで、あっという間に岩井さんが仕上げました。お見事!

最後の晩。あいかわらず作業を続けながらも、夜更けからは、これまでの2年間の取り組みを総括する話し合いに。まず、この2年間の感想をそれぞれ話しました。それによると、概ね、最初は取り組みの焦点が定まらかったところがあったようでしたが、後半になって3つのチームができると、自分が何をしたらよいのかそれぞれの目標が具体的に見えてきた様子。また、それまでパルのメンバーは村の権利を擁護するような活動を中心に取り組んできたのですが、今回は「文化」や「伝統」というものを掘り下げていくという点で新たに学ぶことが多かった、という声も。
なかでも、途中から加わった絵チームの存在は大きかったようです。ジャックくんたち絵描きチームは興味をもって熱心に取り組んでいたし(なんとリザールくんはこれがきっかけで大学の所属を建築科から人類学科に移してしまったらしい)、なによりヘダールさんは、絵という手法から今後の取り組みについての何やらインスピレーションを受けたようです。話し合いは午前3時ごろまで続き、日本人チームは一同すっかりとヘロヘロ状態。

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ひたすら座りっぱなしの作業が続き、軽く運動をする澤幡さん

今回、パルでは、ほとんどの時間を「バンタヤ」事務所にこもり、食事すらも出来合いのものを買い込んで済ませていました。しかも、作業は連日のように深夜までつづき、岩井さん曰く「まるで体育会の合宿みたい」。

といっても、ときには近郊へ出かけ、息抜きの時間もありました。

ヘダールさんやバンタヤに集う仲間たちの故郷の県庁所在地、ドンガラの街で道端の壁面に絵を描くイベントがあり、ジャックくんが参加(なんでも、絵で自然災害の危険を住民に伝えることを目的としたNGOと県政府の取り組みとか)。岩井さんと増田で様子を見に出かけました(10月15日)。

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ドンガラのすぐ先にあるタンジュン・カラン海岸。カランとはサンゴのことで、サンゴ礁の白い砂浜が広がる。イベントのついでに足を延ばして、しばしリゾート気分。

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一同でヘダールさんたちの故郷であるリンボロ村を訪問。ヘダールさんのご家族に会い、村の脇に広がる水田を眺める。「バンタヤ」に集う若者の何人かは、この村出身(10月17日)。

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10月24日 パルを出発。
パルを発った飛行機はドンガラ上空を旋回して、マカッサルやジャワへと向かいます。帰路の飛行機からは訪れたばかりのドンガラの街やリンボロの村が眼下に広がっていました。

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写真の右上部の街がドンガラ、その上の白い海岸がタンジュン・カラン。ドンガラから写真左下に伸びる道路を辿り、写真内の飛行機のエンジン(?)の下あたりに拓かれた水田帯がリンボロ村。

10月26日 ジャカルタで1泊の後、26日朝に無事に成田着。

これまで、澤幡さんには計4回、岩井さんには計2回も中スラウェシに渡っていただき、ありがとうございました。そして、パルやトンプのみなさん、お疲れさまでした。今後はパルのメンバーと連絡をとりながら、報告書あるいは本(?)の完成に向けて、これまでの成果をとりまとめていきます。これは日本語版だけではなく、インドネシア語のものをつくり、学校や地域に伝えたいというのが一同の思いです。乞うご期待。


posted by あいあいネット at 17:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | いりあい交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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