2009年06月19日

「いりあい交流」映像+絵描き編(その2)



「いりあい交流」担当の増田です。
前回に続き、先日の中スラウェシ訪問「いりあい交流 映像・絵描き編」についてお伝えします。

パルのメンバーで、今回、トンプに同行したのは、ヘダールさん、ルンくん(身体も食も細いが、しっかり者)、ダフィットくん(澤幡さんを敬愛するキャメラマンの卵)、エウィンくん(楽器奏者をまとめるボス役。とにかくマイペース)、ジャックくん(独学で絵を学ぶ。ヘダールさんの甥にあたる)、キキくん(ジャックくんとともに絵に取り組む)、リザルくん(バンタヤの何でも屋)。

いよいよ、トンプでの行動を開始。
今回は、どんな出会い・ハプニングが待っているのか、、、。

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岩井さんの描いたイラストを眺めるセラ。
自分のイラストにすっかりと釘づけ。

■トンプ2日目(5/20)
朝方の天気は曇り。いつものトンプ・ペースで朝食を終えると、午前10時すぎ、、。のんびりと出かけます。
今回は、2つのチームに分かれて、それぞれの関心にしたがって行動することになりました。

映像チーム(澤幡さん、ダフィト、島上さん)、絵描きチーム(岩井さん、ジャック、キキ、エウィン、増田)
ルンくんは、集落内の知り合いを訪ねて一人で出かけました。

絵描きチームは、パパ・リタを案内役として山の方へ向かいました。まず、トンプ集落のすぐ上の丘へ。ここはトンプの最初の先祖が空から降り立ったところで、展望も抜群です。さっそく岩井さんはスケッチ開始。ジャックくんやキキくんもペンを走らせています。エウィンくんと僕は遠くの山を指差しながら、パパ・リタから山の名前や地名を教わります。

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絵描きチーム(左から、ジャックくん、キキくん[その後ろにエウィンくん]、岩井さん)


「昔は、あそこにも人が暮らしていたんだ」
谷を挟んだ長い尾根の斜面。いまではすっかりと深い樹林に覆われていますが、よく見るとココヤシの木がひょっこりと伸びて、葉を広げているのが確認できます。1970年代なかばの強制移住の前までは、尾根全体に家や焼畑が広がっていたといいます。ココヤシは人が植えたもの。森に残るココヤシの木は、そこに人の暮らしがあったことを確かに物語っています。

丘の上には、始祖のお墓があります。トンプの人は願い事があると、お供え物をもって、ここを詣るといいます。

尾根伝いの道を進むと、左右の斜面に畑が広がります。前々回の訪問(2008年5月)のときにちょうど陸稲を播いていたパパ・リタの焼畑では、とうの前に陸稲は収穫となり、今ではさまざまな野菜が植えられています。マメ、ナス、トウガラシ、サトウキビ、キャッサバ、ニガウリ、カボチャ、バナナ、、、、。

そのなかには小さな出づくり小屋が立っています。それぞれ1畳ほどの二間から構成され、じつにコンパクトなつくりです。屋根はトウの葉を編んだものを重ねたもので、小屋の中から見ると、屋根の裏にはトウモロコシ、スプーン、ひしゃく、調味料、櫛などが差し込まれており、棚の代わりになっています。足下の土の上にはたき火を起こすスペースがあり、寝食のための機能がじつにコンパクトに詰まっています。パパ・リタのお父さんが寝泊まりしながら、畑を荒らしにくる野ブタやサルを見張っている、とのこと。

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ここで枝尾根に分かれ、前回の訪問(2009年1月)に播種作業の共同普請を見た焼畑へ。
途中にある民家の前で映像チームと合流。皆が深刻そうな顔をしている。
なんと、ルンくんのお父さんが急逝したとのこと。エウィンくんが携帯電話でルンくんに連絡を取ろうとしている(トンプはパルのすぐ横の山の上なので、デンパの入りがすこぶる良い)。
しかし、我々にはどうすることもできないので、一休みの後、目指す焼畑へ。

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今回、この焼畑で収穫の様子を見ることができるのでは、と期待していたのでした、が、、、。
収穫どころか、大半の株は穂が出始めたばかり。

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焼畑の持ち主の奥さん(ママ・ジャニの妹)が、陸稲の脇に植えられた落花生の間で除草しているところを映像チームは撮影。

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絵描きチームも黙々とスケッチ。


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当初の予定ではこの道をさらに進むつもりでしたが、「雨が降る」というパパ・リタの言葉にしたがい、集落へ戻る。集落へ戻ってしばらくすると、雨が滴りはじめる。うーむ、さすがだ。

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岩井さんのイラスト満載のノートを開くパパ・ラコと村の子どもたち


じつは、この日、ビロ・マルという麓の村から数人の人がトンプに登ってくるということを、パパ・ジャニから伺っていました。つい最近、これまでトンプの属していたドンガラ県が分割され、トンプは新生のシギ県に統括されることになった。そのシギ県の暫定政府に関係する人びとが、新しい県の独自性を打ち出そうと歴史や文化に目を向けるなかでトンプに関心をもつようになり(どうも、パパ・ジャニの働きかけもあった様子)、ちょうど日本人もやってくるというので、我々のスケジュールに合わせてトンプを訪れるということのようでした。
しかし、雨のためか、この日に彼らは上がってくることはありませんでした。

集会所でヘダールさんは子供たちとデロの歌を一緒に歌う。その様子を澤幡さんがビデオに記録。そして、それを子供たちに見せている。

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晩は発電機で灯りをともしながらも、とくに映像を流すこともなく、静かに過ごしました。
しかし、ママ・ジャニが歌を歌うから、それを撮影してくれという。ビロマルの人たちにトンプの伝統や慣習を見せてやるのだ、といいます。衣装替えをしてきたママ・ジャニとママ・リタが歌を歌う脇には、なぜか日本人が並ぶようにパパ・ジャニが要望。

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歌は延々と続くなか、そのうちにママ・ジャニがすっかりと興に入り、歌が止まらなくなってしまいました。そして、歌は掛け合いのものとなり、その矛先は増田に、、、。
ママ・ジャニの豊かな表現力に歌を返すだけのセンスはなく、歌の掛け合いでは完全に降参、、、。

翌日につづく。


posted by あいあいネット at 19:35 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | いりあい交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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