昨年秋から断続的にインドネシア滞在が続いていて、先週、帰国しました。
これからしばらく(少なくとも半年)は日本を拠点に生活・仕事・活動します。
ずいぶんと時差ができてしまいましたが、この夏の主な活動・出来事の一端をご報告しようと思います。
今日は、中スラウェシでのヴンジャ(陸稲収穫後の儀礼)に向けた伐開の儀礼から・・・。

儀礼用の場所を竹・木・ロタンで組む。結びつけているのは木の布でできた小さな袋。
中にはとうもろこしの粉が入っています。
中にはとうもろこしの粉が入っています。
以前、お伝えしましたように、あいあいネットでは、昨年11月から、トヨタ財団の研究助成をうけて、映像記録を軸とした学びあいのプロジェクトを開始しています。「いりあい交流」を通じて関わりあうようになったトンプ村を中心に、中スラウェシの山の民が受け継いできた暮らし・文化に学び、記録する試みです。インドネシアと日本の映像関係者、NGO実践家らが共同しています。
トンプでの映像記録の柱は、陸稲。
トンプの神話によれば、人間は土から生まれ、陸稲は人間の化身、なのだそうです。
そのためか、陸稲をめぐってはさまざまな儀礼、タブー、穂刈歌、等などがあります。
そうした儀礼のひとつに、ヴンジャがあります。
←トンプの陸稲。年配者に尋ねると55種もの陸稲の名前があがってきます。今はずいぶんと少なくなってしまったようですが、昔はもっと種類があったそうです。
ヴンジャは、陸稲収穫後の儀礼のようですが、毎年実施するわけではなくって、
村人が病気になる、みたことのない害虫が増える、など「異変」が起こったときに実施するのだといいます。人間と土(の精霊?、トンプの人たちはアニトゥと呼びます)の関係が壊れたときに異変が起こる、だからヴンジャを行って関係を取り戻す、、、のだそうです。(ヴンジャについてはこちらもどうぞ)
今年は5年ぶりにヴンジャを行う、というので、そのプロセスをしっかり記録したい、、と、
映像記録の中心メンバー・ダフィットとともに、トンプを幾度か訪ねました。
ヴンジャを実施するには、どこの森をいつ伐開するか、から、決めていくといいます。伐開する場所を決めるにも儀礼があり、伐開の日取りを決めるには、夜空の星と月を読みます。
「ほら、あそこに龍の口が見えるだろう。龍の頭が『食べる』方向を向いていたから、この前の土曜日はだめだったんだ」
・・・そう何度も夜空を見上げながら、教えてもらったのですが、
私たちの目はトンプの人たちと出来が違うのか、サッパリわかりません。。
いずれにせよ、6月24日火曜日、ヴンジャにむけた伐開がいよいよおこなわれました。
ちょっと長くなりますが、写真でイメージだけでも・・。
これは6月21日土曜日の写真。お皿に載せられているのは、卵、たばこ、シリの実、石灰、木の布で作った小さな袋、タガンベ(何かまだよくわからない・・)。
この日に伐開しようと儀礼の準備をしていたのですが・・・、
儀礼を司る祈祷師パパ・ジョシ(左側)の
「今日は日がよくない。今日無理して伐開すると、いずれケガ人がでる」
との判断で、火曜日に延期。
いよいよ、火曜日の朝。
村の集会所近くで、木と竹とラタンを使って儀礼の場所づくり。
使う木の種類も決まっているのだとか。。。
木を削って駒のような形をつくります。
刀を形どったものもつくります。炭とオレンジ色の生姜の一種(?)で色をつけます。
槍のような形のものも作ります。これにも炭と生姜(?)で色をつけます。
ラタンで駒などを結びつけて・・・
さとうやしで作ったヤシ酒を竹に入れたものもぶらさげます。
女性たちは、お米、トウモロコシの粉を葉で包んだものと、生卵をゆではじめます。
鶏をつぶして血をとり、肉はあぶり焼きします。
パパ・ジョシが茹でたトウモロコシの粉などを丁寧にとりわけていきます。
バナナの葉の上にきれいにとりわけられた白米、トウモロコシ、ゆで卵、鶏の肝。
朝からつくっていた場所にすべてを並べて、パパ・ジョシが何やらお祈り。
集会所近くでの一連の儀礼が終わってから、伐開する予定の場所にむけて出発。出かけたのは村の男性4名に私たち。祈祷師のパパ・ジョシはこれには同行しませんでした。
山道を小一時間歩いて、伐開予定地に到着。
はぁ、はぁ。。
一本の木を選び、なにやら枝で組みます。
ヤシの殻にいれた水、鶏の血とヤシ酒、たばこ、ごはん、トウモロコシ、ゆで卵、などなども並べます。
お祈りをした後、鶏の血を木の表面に塗って、木のまわりを3回まわり、ちょうど血を塗ったあたりから手斧をいれていきます。切り倒す方向は、夜空の龍(星)の頭の方向によって異なってくるのだそうです。
一本目が伐採できたら、
次々と手斧で伐採。
一か月ほどして乾燥したら、火を入れ、陸稲の播種がはじまります。(はずだったのですが、今年は雨続きで3ヵ月たった今も火も入れられていないそう・・)
そして帰宅。
パパ・アグは薪を、ラチウさんはニブン(ヤシの一種)の若芽(タケノコみたいでおいしい!)を家に持って帰りました。
いやぁ、長くなってしまいました・・・。
丁寧に話を聞いていくと、一つ一つにすべて意味があります。話はもっと長くなります。
土、星、月、木々、竹、鶏、陸稲、トウモロコシ、人間・・・すべてが繋がりあっていて、人は自然のほんの一部なんだぁ、と改めて思います。
最近私もよく使う、「森林管理」「自然資源管理」という言葉が、トンプの暮らしを表わすのに、どうもしっくりこないものに感じられてきます。(トンプの人たちは土や森を「資源」とは言わないし、ましてや「管理」するとは思ってないだろうなぁ、、と・・)。
2006年6月、トンプのラングさんが来日した際、「(トンプの世界観を理解するには)一年あっても足りない!」と話していたことが思い出されました。
「中スラウェシ・山の民の生活世界」と銘打ったプロジェクト。まだまだ入口、奥深し、のようです・・。


