2008年06月10日

「いりあい交流」第2弾映像編:第2回目のワークショップ (2)



「いりあい交流」担当の増田です。

5月の中スラウェシ訪問記の第2回目です。

1.4日目(5月23日):トンプへ向かう

 いよいよトンプへ。当初、麓からトンプまで歩いて向かう予定でしたが、前日の晩に突然の雨。雨で山道はぬかるんでいるであろうということで、出発を遅らせて路面が乾くのを待つことになりました。しかし、昼になれば歩いて登るには暑い、ということで、バイクでトンプに上がることに。パルの若者によると、それまでひと月以上も雨は降っていなかったというのですが、、、。

 ヘダールさんと日本人3人は「バンタヤ」の事務所を午前10時過ぎに出発。パルの若者メンバー(ダフィット、エウィン、スミス)は夕方に上がってくるとのこと。道中に3回の休憩をはさみました。休憩は人間のためでもあるが、ひたすら登り道で唸り声を上げ続けるバイクのエンジンを冷やすことも大きな理由です。

バイクの二人.jpg

 出発時刻を遅らせたものの、路面は完全には乾いておらず、途中、スリップしたり、轍にはまりこんだりして、何度もバイクを降りて歩くことになりました。トンプで上映会をするためにパルから発電機を運びましたが、発電機を運んできたバイクが途中でパンクしたために、手前の集落で一晩預かってもらうことに。

 12時過ぎにトンプに到着。事前に、パパ・ジャニー(ラングさん)宅のあった敷地に小中学校が建てられるということを伺っていましたが、すでに工事は始まっており、パパ・ジャニー夫妻は集会所の隅に壁をつくり、仮の住まいとしていました。

展望.jpg
稲が瑞々しく風にそよいでいました。■集落周辺を歩く
 今回、私たちが密かに期待していたのが、もしかしたら「ヴンジャ」という農耕儀礼を見ることが、あるいは、儀礼そのものは見ることができなくとも、儀礼をおこなう焼畑を拓くための火入れに遭遇できるかもしれない、ということでした(「ヴンジャ」については後述)。昼食をいただいた後、そのことをパパ・ジャニーにそれとなく尋ねました。「それとなく」というのは、ヴンジャに限らず、焼畑の火入れの時期などは、「そのとき」が来るまで口にしてはいけないとされているからです。そして、「ヴンジャ」のための場所を見たいことを伝えると、「遠い。これから雨が降るだろうから、明日にしなさい」という。そこで、集落付近をママ・セラ(パパ・ジャニーの娘)の案内で廻ることにしました。

photo-21.jpg 1月の訪問時に火入れをしたママ・セラ夫妻の焼畑まで行ってみようと小道を進めば、集落を抜けたすぐのところに新たに耕地が拓かれ、よく見れば、すでに稲は芽吹いています。そこは1月の訪問時には薮と樹林に覆われていたところでした。この4ヶ月の間に、伐開から火入れ、そして播種がなされたのでした。その間の、あまりの景観の変化に驚くばかり。山の斜面には、この他にもいくつかの焼畑が拓かれていました。

 やがて、パパ・ジャニーの言葉のとおり、雲行きは怪しくなってきました。結局、ママ・セラの焼畑には行かず、別の道で集落に戻ることに。途中で雨がしたたり出し、やがて本降りに。一軒の家に招かれ、雨宿りをさせていただくと、思いがけず食事をごちそうになりました。サトウヤシの若芽のスープに、トウモロコシを軽く砕いた粒と炊いたご飯の組み合わせで、トンプ定食といったところです。このころにパルの若者たちが濡れながら到着。集会所に戻ると、なんと再び夕食、、、。

澤幡さんカメラ.jpg

■「ヴンジャ」儀礼のこと
 日が暮れ始めると、村の大人たちも集会所にわらわらと集まって来られました。今晩は発電機がないので、上映会はできません。そこで、村人に「ヴンジャ」について尋ねました。
 「ヴンジャ」は、焼畑の害虫が増えたり、村のなかで病人が多くなるなど、「異変」を感じたときにおこなう儀礼です。トンプの人々は、こうした異変を人間と稲(の精霊)との関係がおかしくなり始めた兆候とみるようです。そのため、「ヴンジャ」は集落全体でとりおこなわれるそうです
 「ヴンジャ」には執行の中心となる人が血筋によって決まっており、2種類あります。まず、「異変」を察知して「ヴンジャ」の実施を決定する人です。ここでは二人の村人の名前が挙がりました。つぎに、「ヴンジャ」の儀礼をおこなう人です。これも血筋で決まっています。

ブンジャの森.jpg




「ヴンジャ」をおこなう予定の森(出づくり小屋の左上の尾根の森)

 最近では5年前に最後の「ヴンジャ」を行ったそうです。「ヴンジャ」は5段階に分かれているといいます。まず、最初に「頭」の「ヴンジャ」をおこない、最初の段階を「開き」ます。もし、それでも「異変」が収まらなかったら、翌シーズンにふたたび「ヴンジャ」を、今度は第2段階目の儀礼を行います。これで事態の収拾がつけば、一旦、「ヴンジャ」は終了。もし、ふたたび「異変」が出れば、数年間のブランクがあっても、前回の続きとして第3段階の「ヴンジャ」を行います。こうして、第5段階の「指先(尾の先?)」の「ヴンジャ」で1サイクルの「ヴンジャ」を「閉じる」と、次回はふたたび第1段階目の儀礼で「ヴンジャ」のサイクルを「開く」のです。各段階の儀礼には、それぞれ名称があり、儀礼で用いる道具(焼畑の真ん中で土中に突き立てるもの)が異なるそうです。
 「ヴンジャ」を行うことが決まると、その儀礼をおこなうための焼畑が拓かれますが、集落内のすべての世帯が焼畑を拓いてからおこなわれます。というのも、いったん「ヴンジャ」をすると、以降、その稲の季節に焼畑を拓くことはできないからです。このように各世帯の耕作状況を把握することが必要な上、近年は気候の不順で各世帯がまちまちに時期を判断して焼畑耕作をするために、「ヴンジャ」の時期を確定するのは一苦労のようです。

 そうこう話しているうちに、村人はいつしか歌いながら笑いあっています。デロではないのですが、どうやら、歌垣のひとつのようです。次第に、村人たちの声も高まってきました。歌はカイリ語なので私たちには皆目見当がつきません。ヘダールさんが「直訳だよ」と断りながらインドネシア語に訳してくれますが、どこが面白いのか全くわかりません。歌が湧き上がってくる文脈や、その深みにある背景、ひとつひとつの言葉による比喩や韻などが理解されてこそ、こうした歌垣の醍醐味は共有できるのでしょう。
 夜が更けても、村人の歌と笑い声は尽きることがありません。傍らでそれを聞きながら、日本人男性二人は寝袋に包まり床についたのでした。

(次号につづく)



posted by あいあいネット at 22:41 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | いりあい交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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